今回は”キングダム桓騎(かんき)の最後はどうなる?史実の最期もご紹介!”についてお届けします。
キングダムではついに肥下の戦いで桓騎が趙に討たれて死亡しました。
中央で趙に囲まれて、明らかに不利な状況下に対して李牧が「降伏しないか?」と桓騎に提案を持ちかけたがそれを拒否。
最後まで桓騎についてきた幹部たち、諦めなかった桓騎将軍の戦いは圧巻でした。
そこで今回は
- キングダム桓騎の最後はどうなる?
- 桓騎の史実の最期は?
とキングダムと史実の桓騎の最期に違いがあるのか?という点に視点を当ててご紹介していきます。
それでは早速「キングダム桓騎(かんき)の最後はどうなる?史実の最期もご紹介!」と題して見ていきましょう!
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キングダム桓騎(かんき)の最後はどうなる?
ありがとう桓騎#キングダム pic.twitter.com/zc6V9EhhdX
— ゲロの飛沫 (@GeroTerrorist) March 23, 2023
キングダムでの桓騎の最後は、幹部たち全員を失い、たった一人で李牧のもとへ攻めました。
しかし、敵である趙兵に槍や刀で体を刺され、李牧のすぐ目の前で亡くなりました。
桓騎の最後がどんな風だったのか、詳しくご紹介していきます。
桓騎は肥下の戦いで趙に討たれた
桓騎が最後を迎えたのは趙軍との戦いである肥下の戦いでした。
相手は秦が最も苦戦する相手、李牧でした。
戦いの後半、桓騎は一気に李牧のもとへ攻め、李牧に一撃をくらわすことに成功し、一撃を受けた李牧はその場に倒れ込むのかと思いきや、足で踏ん張り、なんとか耐えしのぎます。
その後、戦場の中央にて桓騎と李牧はお互い隙を見せない状況が続きました。
明らかに秦が不利な状況下で、李牧は「話したい」と言い桓騎と話しをします。
そして、ついにお互い一歩も引かない状況に対して李牧は桓騎に「降伏をしないか?」という提案をしますが、桓騎の答えはもちろん「NO」。
この時点で桓騎はもうダメだろうと思った人も多いのではないでしょうか。
趙軍の将軍、上和龍に攻撃され、死んだと思われていたゼノウは桓騎の一声で最後の力を振り絞り、隙だらけだった上和龍を討つことに成功します。
このゼノウの奇襲を皮切りに桓騎とそばにいた幹部の厘玉は一気に李牧のもとへ攻めるべく大量の趙軍の中へ突撃しましたが、途中で厘玉が討たれ、残りは桓騎一人に。
桓騎は李牧を視界に捉え、一気に攻めますが、趙軍の兵士たちから槍や刀で攻撃され、趙軍の兵士が「なぜ死なない?」と言う程の攻撃を受けながらも進んでいきます。
李牧に剣を突き出したが、すでに桓騎の剣は折れており、あと数センチのところで李牧には届かず、最後を迎えました。
かつての王騎のように馬に乗ったまま息絶えたという感じで、馬に乗ったまま亡くなった桓騎の姿は本当に死んでいるのか疑うぐらいの光景でした。
これがキングダムにおいて秦の六将の一人である桓騎の最後です。
桓騎(かんき)の史実の最期は?
桓騎一家本当カッコよかった😭
那貴にしびれるくらい最高にかっこいい男なんだよは反則
桓騎将軍が信の事好きだったのが嬉しかった😭😭😭
キングダムとワンピース展開熱すぎる🔥#オギコ pic.twitter.com/upcBdaygea— ヒラタユウキ (@kutusitayuuki) March 23, 2023
キングダムでの桓騎の死は、趙軍に槍や刀を刺され、李牧のすぐ手前で亡くなるという最期でした。
今回のキングダムは「戦国策」という手記をもとに描かれています。
戦国策の内容以外にも桓騎の最期は、諸説あり、
- 桓騎の史実での最期①李牧に敗北
- 桓騎の史実での最期②庶民の身分へ降格
- 桓騎の史実での最期③楚に逃走
と様々な内容の手記が存在します。
史実では一体どのような最期だったのか、1つずつ詳しく見ていきましょう。
桓騎の史実での最期①李牧に敗北
史実の1つは、李牧に秦は大敗し、桓騎に討たれるという説です。
これはキングダムと同じ展開ですね。
紀元前233年、趙の平陽と武城を陥落させ、その後、宜安に攻めたが、ここで李牧に敗れたと言われています。
実際の史実にも桓騎は李牧に討たれ戦士したと書かれています。
しかし、キングダムでは宜安は秦が陥落させているので、若干違いますが、この戦いで桓騎が討たれたという部分は同じです。
桓騎の史実での最期②庶民の身分へ降格
別の史実では、趙に大敗し、帰ってきた桓騎に秦の王である政が、怒り、桓騎を庶民の身分へ降格させたと書かれています。
昔は、戦争で負けて、帰ってくることは恥ずかしいと思われていた為、だいたいが負ける=討たれるという時代でした。
そんな時代に負けて帰ってくるというのは異例であり、王が怒るのも無理ありませんよね。
キングダムと大敗したところは同じですが、この史実だと桓騎は趙の李牧に討たれるずに、秦へ帰ってきたということになります。
庶民への降格後、どのようにして桓騎が亡くなったのかは分かりませんが、おそらく庶民として一生を遂げたのではないでしょうか。
桓騎の史実での最期③燕に逃走
3つ目は李牧に敗北し、燕に逃走するといった説です。
桓騎は、この肥下の戦いで敗北後、秦にいられないと考えたのか、燕に逃げたそうです。
そこで樊於期(はんおき)に改名したと言われています。
この説に関しては、中国語で桓騎と樊於期の発音が似ている為、間違えたのではないかとも言われており、現代まで謎に包まれています。
まとめ
『戦国策』の定説通り桓騎の死
『史記』は敗走、『戦国史』の樊於期に改名説はすでに樊於期が登場しているのでありえなかったし
ちょっと喪失感?#キングダム pic.twitter.com/zJ1qxNvPv6
— amakuma (@ukenuruma) March 23, 2023
これまで「キングダム桓騎(かんき)の最後はどうなる?史実の最期もご紹介!」についてご紹介してきました。
キングダムでは勇敢な最期を迎えた桓騎。
史実の最期は諸説があり、どれが本当なのかは分かっていません。
しかし、キングダムでも史実でも桓騎が肥下の戦いで戦場から姿を消しているので、この戦いで桓騎が表舞台から姿を消したといのは事実ではないでしょうか。
それでは今回は「キングダム桓騎(かんき)の最後はどうなる?史実の最期もご紹介!」と題してご紹介しました。